パラ・パワーリフティング選手 × 医療法人社団成煌会 瑞江整形外科 院長
三浦浩 × 金成道
第一線で活躍する多くのスポーツ選手をサポートしている、東京都江戸川区にある瑞江整形外科。開業医としては珍しいスポーツ整形外科を看板に掲げ、遠方から通う患者も多い。同院にとって優秀なスタッフを揃えるのと同じくらい重要なのが、最新鋭の治療器を導入すること、と金成道院長は言う。開業医としてはなかなか大変、と言いつつも、瑞江整形外科が治療器にこだわるのはなぜか。同院で初めて本格的な物理療法を使った治療を受けて衝撃を受けたという、パラ・パワーリフティングの三浦浩選手のお二人に医師とアスリートという両面から物理療法の重要性を聞いた。
初めて物理療法を受けたら、調子がよくなって驚いた
三浦選手は長渕剛さんのライブスタッフをされていたんですよね。
(三浦)長渕剛さんのライブスタッフになることを目標に、20歳すぎで音楽業界に足を踏み入れました。いろいろなアーティストの現場でサポートしながら、長渕さんの現場には1990年のツアーから参加していました。2002年、あるアーティストのライブ中に事故に遭って、脊髄を損傷しました。医者から「もう歩けないからね」ってはっきり言われたので、受け入れるしかありませんでした。足が動かないので上半身を鍛えるしかない。手術が終わって1週間後にはリハビリを始めて、3カ月くらいで身体はできあがっていましたね。その後、アテネのパラリンピックを特集していた雑誌でパラ・パワーリフティングに出合いました。自分の進むべき道はこれだ、と400キロの重量に耐えきれなくて背骨を折ったので、400キロを持ち上げられるようになりたいなぁと思ったんですね。北京パラリンピック出場を目標に、パラ・パワーリフティングを始めました。
金先生のところに通い始めたきっかけも、パラ・パワーリフティングを始めてからでしょうか。
(三浦)そうです。競技を始めて1年くらいした頃、自分でトレーニングをしていたらひじを痛めたんです。それでスポーツ整形外科で検索してヒットしたのが瑞江整形外科。そこから通い始めて8〜9年ですね。金先生は、はっきり物事を言ってくれるので、迷いなく治療ができるのがいい。ただ治すだけじゃなくて、どういう手順を追って治すのか、治ったあとにケガをしないためにはどうすればいいのか、のアドバイスまでしてくれるから助かりますよね。いろいろなところに行きましたが、期待はずれのところが多かった。その点、瑞江整形外科は自分の希望以上の治療や情報をくれます。だから自分の周りで故障した人がいたら必ず紹介するほど。ただ人気があるクリニックなので1回予約を逃すと、次の予約が入れづらいのが難点ですけど(笑)。
選手はパラリンピックに出場できるかできないかで、人生が変わる。そこを理解して接している。
金先生は三浦選手の第一印象をどう感じましたか。
(金)三浦さんのように追求する、意識高い選手はなかなかいないですよ。トレーニング後にいかに疲れを残さず、次のトレーニングを継続する力があるし、自身の理論ができあがっているのでこちらも勉強になります。僕はスポーツ選手でもマイナーな競技をされている方をよく診ています。それはメジャーなスポーツはメディアが取り上げるし、スポンサーがつくので、僕のサポートはいらないと考えているから。三浦さんが北京パラリンピックを目指していた当時、パラ・パワーリフティング連盟は財政面が厳しくて、遠征に治療器を持って行きたくてもできなかったからスポンサードしてくれる会社探しを手伝ったこともありましたね。
(三浦)おかげでやっと今度の世界大会から超小型ハイボルテージ治療器などの器機を持っていける体制が整いました。
(金)選手はパラリンピックに出場できるかできないで人生が変わってきますし、賭けているものが違います。そこを理解しているつもりで接しているので三浦さんも通ってくれているのかな、と思います。
(三浦)人に勧められるクリニックって、なかなかないですよ。僕は信頼しています。
スポーツ選手の要求はハイレベル。スタッフだけでなく機器の面でも応えなければならない。
そもそも金先生がスポーツ障害を診ようと思った理由はなんですか。
(金)中学の頃、サッカーをしていて中3の時にひざが痛くなっていろいろな病院に行ったけれど、全然よくならない。そんな時にたまたま行った病院のドクターがラグビーの日本代表を診られていて、治療してもらったり、色々な話を聞いたりして。その人に憧れてスポーツドクター、特に格闘技を診るドクターになりたいと思うようになりました。スポーツドクターを目指して順天堂大学の医学部に進学し、そのまま順天堂の病院で勤務医として働いていました。勤務医時代からスポーツ選手をずっと診ていて、病院に「スポーツ外来を作ってほしい」とお願いして実際につくってもらったくらい。最成病院には治療器が充実していて、僕はリハビリを診ていたので実際に治療器はよく使っていました。効果についてはよくわかっているし、だからこそ最新の治療器は積極的にチェックしています。スポーツ選手の要求はハイレベルなので、スタッフだけでなく、機器の面でも応えなければならないですから。開業医としては大変なんですけどね(笑)。
三浦選手が初めて物理療法を受けたのはいつですか。
(三浦)瑞江整形外科に来た時が初めてですね。症状によっていろいろと治療器を使い分けていたので、こういうものかと、感心しましたし、勉強になりました。
(金)物理療法ってうまく使えばかなり有効です。でも治療する側の知識がなくて、ただ電気を当てているだけのところもありますよね。それでは時間を無為に使うだけ。治療する側も勉強しないといけない。僕らも知識をブラッシュアップさせないといいものは提供できないですからね。だから僕は自身で試して、常に使っているんですよ。選手はケガをした時に診てもらいたいのは当然だけど、ケガをしないこと、常にハイパフォーマンスに保てるようにしたいわけですよね。その点でも物理療法は治療だけでなく、コンディショニングケアのためにも必要です。うちのクリニックはチームで診療していて、チームが連携して密にケアをするようにしています。トップダウンではないので、現場で変化に気づいたスタッフがフレキシブルに対応しています。これもコンディショニングを保つサポートをするうえで、大切なことだと考えています。
物療は年齢とも闘う僕にとって、競技を続けるうえで必要なもの。
三浦選手のお気に入りの治療器はなんですか。
(三浦)最近はショックマスターです。主に肩とひじに使ってもらっています。使うと動きがよくなるんですよ。あとKTテープ プロも好きです。動きが悪いところに貼ってもらうと、てきめんに動くのでびっくりしました。他のテーピングはトレーニング後に外すと違和感があって嫌だったんですよ。それがないし、むちゃくちゃ楽だし、痛みもないし。かなり愛用していますね。
(金)KTテープ プロはいいですよね。特に粘着が強くなったエクストリームをこの間、山に登った時に貼っていたら、汗をかいても全く取れませんでした。いつもだったら下りで巻き直すのですが、それもなく走れたので。最近はサポーターいらずです。
最後にお二人にとって物理療法とはどんな存在でしょうか。
(三浦)競技をしていくうえで必要なもの。ケガの治療はもちろん、予防という意味も含めて。僕は年齢とも闘っているので、自分の身体になにかあったら助けてもらうものです。
(金)スポーツトレーナーさんなどは進んでいて物理療法の重要性を知っていますが、整形外科はその面では遅れていると思います。日本にはよい治療器がたくさんあるのに、整形外科がそこまで目を向けていないっていうのは残念な状況ですね。それも物理療法はあまり効果がないと勘違いされてしまう原因の一つにあると思います。当院だと患者さんの状態に合わせてカスタマイズをしていますから、電気治療だけでも患者さんはよくなったと実感してくれます。特にスポーツ選手のように自分で身体をつぶさに見ている人には実感が大きいようです。治療器は僕らクリニックのチームにとって欠かせないツールになっていますね。
パラ・パワーリフティング選手 × 医療法人社団成煌会 瑞江整形外科 院長
三浦浩 × 金成道
(みうら ひろし × きん そんど)
※写真右より
金成道(きん そんど)東京都出身。医学博士。
1998年 順天堂大学医学部卒業。同大学整形外科学教室入局後、数々の病院で整形外科医として勤務。2004年 最成病院(千葉県)整形外科医長、スポーツ外来担当としてトップアスリートの診療にあたる。2006年に瑞江整形外科を開業する。
・日本整形外科学会認定整形外科専門医 ・日本整形外科学会認定スポーツ医
・日本体育協会公認スポーツドクター ・運動器リハビリテーション医
・身体障害者指定医(肢体不自由の診断)
・総合格闘技イベントRIZIN リングドクター
三浦浩(みうら ひろし)1964年10月14日生まれ。東京都出身。
パラ・パワーリフティング 49kg級の選手。
長渕剛さんをはじめとするミュージシャンのライブスタッフとして働いていた2002年、脊髄損傷を負う事故に遭う。2004年からパラ・パワーリフティング競技に取り組み、2012年のロンドンパラリンピックで9位、2016年のリオパラリンピックでは5位入賞を果たす。
【主な成績】
・全日本マスターズベンチプレス選手権大会(2014年)59kg級 優勝
・全日本障害者パワーリフティング選手権大会(2015年)49kg級 優勝
・IPF世界マスターズベンチプレス選手権大会(2015年)M2,59kg級 優勝
・ジャパンカップ選手権大会(2016年)優勝
・リオパラリンピック(2016年)5位入賞
※2017年9月現在